曽我別所梅まつり観光協会公式ホームページ トップ > 周辺観光案内

梅の花2/20 梅まつりについてお知らせです

小田原梅まつりは終了いたしますが曽我梅林では、今年、梅の開花が遅れているためこれからが見ごろを迎えるということから、3月6日の日曜日まで一部営業を致しますのでご案内いたします。

 2月28日(月)~3月6日(日)の営業について

★ お車でお越しのお客様は、 第1駐車場(アイス工房)と第4駐車場にお越しください。(田島無料駐車場は利用できません)。

★ 売店にて、地元の農産物(梅干・ミカン類等)の販売を致します。

★ ふじみカフェ、および屋台(露天商)は営業いたします

うめの里食堂、および餅の販売はありません。

★ 梅林内への立ち入りは自由とさせていただきます。

これから枝垂れ梅も見ごろを迎えます。皆様のお越しをお待ちしております。

この地域の名所、旧跡について

宗我神社

曽我地区の総鎮守。大正12年関東大震災後復興。

城前寺(じょうぜんじ)

浄土宗芝増上寺の宗寺。曽我兄弟および虎御前の木造等、兄弟ゆかりの品々が伝わっています。昭和5年に本堂裏手に曽我兄弟・祐信・満江御前の供養塔(五輪塔)が造られました。

城前寺曽我兄弟供養塔
曽我兄弟曽我祐信

二宮尊徳遺髪塚

尊徳の母よしの実家は、旧曽我別所村の川久保太兵衛宅でありました。太兵衛の次男、民次郎は下野の国の桜町(栃木県二宮町)仕活時代尊徳に仕え、尊徳の死後、その遺髪を得て、曽我へ帰りました。この遺髪塚は、民次郎の遺言により孫の興三郎が、昭和13年に建てたものです。

二宮尊徳像

曽我兄弟の母、満江御前の墓

墓石は卵形の自然石で曽我兄弟の母、満江御前の墓と伝えられており、武藤家の子孫がこの墓の供養を現在も続けています。

満江御前の墓

太宰治ゆかりの「雄山荘」跡

2009年12月26日、太宰治ゆかりの旧別荘「雄山荘(ゆうざんそう)」が焼失いたしました。太宰の没後60年、生誕100年だったこともあり、多くの太宰ファンが訪れていただけに大変残念です。

太宰は下曽我の雄山荘で一人で暮らす「斜陽」のモデルとなった太田静子さんのもとに通い、その後「斜陽」を執筆しました。「斜陽」の舞台は伊豆ですが、作中の風景に下曽我に重なる描写が見られると言われています。

雄山荘雄山荘雄山荘


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